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わたしの感情の歴史

心のページに刻まれた想いを綴ってゆきます

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「詩をよむ若き人々のために」 詩論「路上の鳩」より 田村隆一 

路上の鳩   田村隆一

C・D・ルイースの『詩を読む若き人々のために』(深瀬基寛氏訳)の中で、一篇の詩はどうしてできるか---このプロセスを三つの順序に従って次のように述べています。

(1)一ぺんの種子あるいは芽生えというべきものが詩人の想像力をつよく打ちます。それはなにか非常につよい、しかし漠然とした感情、ある特定の経験、あるいはひとつの観念のかたちであらわれてくるでしょう。

時としてはそれはまず最初にひとつのイメージとしてあらわれてくるばあいもある。またさらに進んでおそらくもうすでにことばの衣をまとった詩句のかたちで、

あるいはまる一行の韻文のかたちであらわれてくることさえあります。詩人はその観念なりイメージなりを彼のノート・ブックにかきとめます。

あるいは頭のなかへちょっとたたき込んでおきます。それから詩人はおそらくそんなことはもうけろりと忘れてしまいます。

(2)しかしその詩の種子は詩人の体内へ、いわゆる「無自覚的意識」とよばれる、彼の部分のなかへ忍びこみます。そこでその種子がだんだん成長して、そろそろかたちをととのえはじめます。

このようにしてついに一ぺんの詩がまさに誕生するまぎわの瞬間がやってきます。一ぺんの詩が生まれるためには、この第二のだん取りは数日におよぶこともあり、数年にわたることもあります。

(3)詩人はひとつの詩をかきたいというはげしい欲望を感じます。その欲望はたんに欲望というよりはまるで肉体にまでしみとおるような実感であるばあいがよくあります。

その時がまさに詩が誕生しようとする途端なのです。詩人は息をこらして坐りこんでいます----あるいは一時間五マイルの速度で田舎を跋渉していてもかまわない。

あるいはバスで旅行していてもかまわない----、なんでもいい詩人はその詩のなかをのぞいてみて、数週間も数カ月もまえに最初あたまに浮かんだあの種子----そののちけろりと忘れてしまっていたあの種子をそこに認めます。

しかしその種子はいつのまにか見事に成長し、発展しているのです。(「Ⅳ 一ぺんの詩はどうしてできるか」より)


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田村隆一はこのプロセスの累積を詩人における感情の歴史とよんでいます。

そしてこう書いています。

--- 詩人が自己の感情の歴史のなかに生きているかぎり、彼は思ってもみないことや感じてもみないことをいかにも 意味ありげに、そしていかにも実直そうに書いたり歌ったりすることはありえないことなのです。---

わたしの感情の歴史はこのファイルの中にあります。あまりにも恥ずかしすぎて表には出せませんが(笑)

002.jpg

みなさんは感情の歴史を持っていますか?




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Posted on 2012/10/26 Fri. 00:52 [edit]

category: 田村隆一

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