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わたしの感情の歴史

心のページに刻まれた想いを綴ってゆきます

もう寝まっせ 


ぱ~とすり~はありませんよ。

さっき歯を磨いたからもう寝ます。

最後にご忠告いたします。

酒を飲んで酔っぱらって好きなことを書くのは、やめた方がいい。

なぜなら

翌朝後悔して削除したくなるから。

それではみなさん、おやすみなさい。

Bonne nuit!


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Posted on 2012/10/31 Wed. 23:58 [edit]

category: ひとりごと

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31

焼酎飲みながら ぱ~~~とつう 


以前、っていうか昨年のこと

ラジオを聴きながら仕事をしていたら、その番組のゲストだった近田春夫がこんなことを言った

「誰だって一日に一度は死にたいって思うことがあるだろう」

って、

思わず仕事の手をとめて、ニヤっとしてしまった。

近田春夫は名前や顔はTVで見て知っていたが、彼の曲は聴いたことがなかった。

でも、「こいついい奴やなあ」と感心してしまった。

そう、近田春夫のいうとおり、誰だって一日に一度は昔の自分の嫌な行動や発言を恥じて、あの思い出
を消してしまいたい、って思うことあるはずだ。

そんな時、’死にたい’とまで思うかどうかは人によるが、そんな自分を一瞬でも消してしまいたいと
思うことがあるはずだ。一日に一度ならず何度も。

将来の不安に逃げ出したい時もあるだろう。

でもそれは「誰だって」同じなのだ。

誰だって弱くて惨めで恥ずかしい自分に後悔しながら生きている。

惨めに、カッコ悪く生きよう。

誰だってそうなんだから。


Posted on 2012/10/31 Wed. 23:22 [edit]

category: ひとりごと

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31

焼酎をのみながら 


調子にのって高いところまで登ってしまうと、

落ちたとき痛いから、このへんでやめておこうと。

自制してませんか、

っていうか、自制している自分を恥じていませんか、

それは馬鹿なことだ、

恥じることはないんです、誰だって自分を愛し、可愛い自分を守って生きているんだから、

危ないと思ったらやめる方が賢明なんです。

おれはそんな賢い人間の方が好きだ。

虚勢をはって臆病な自分をTシャツのなかに隠して歩いているような奴よりは。


アレクサンダー大王や、ユリウス・カエサルになろうとする前に、

立ちどまってふと考えよう。

自分は2000年、もしくは100年、いや10年にひとりの天才であるかどうかを。

ね。



-- 続きを読む --

Posted on 2012/10/31 Wed. 22:47 [edit]

category: ひとりごと

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31

「アミニストの歌 人体模型について」村野四郎 


アミニストの歌          村野四郎
       人体模型について


あなたは男でも女でもない

性をたたれた肉体の その無限の寂寥に

はてしない宇宙の青さが

ひりひりと沁みるのだ


あなたは そっと眼をとじている

その弱々しい抵抗

(だがその眼は内にむかっても閉されている)


さけびをうばわれた口

遠く忘れさられた耳や 鼻から

悲哀はいちめんに噴きだして

血管のように爪先までながれている


存在から切りはなされた

この孤独の原型

そして亡びの道を断たれたもの

あなたは誰だ あなたは何処から来た

そしてもう

何処へと聞くな


腐敗を拒絶され

永劫の明るみにさらされた人

あなたは死者ではない

あなたは 悲哀に飾られた幻影の人

泳ぐようなあなたの手は かすかに

文明の震動でふるえている


--------



アミニズムとは

「生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊魂、 もしくは霊が宿っているという考え方」--ウィキペディアより

であるらしい。

村野四郎がアミニストであったかどうかは知らないが、詩人はひとりのアミニストとして一個の人体模型を見つめている。

ショーウィンドウを華々しく飾るマネキンとは対照的に、エタノールの匂いが漂う研究室で、病院の診察室で、時に好奇の目に晒されながら、グロテスクな姿で立ちすくむ人体模型。

あれが本当の人間ならば、事故死体か殺人死体か絶望的な重症患者か、いずれにしても身を横たえているのが自然な情景だ。

しかし人体模型は、平然と目を閉じて、からかう子供たちを睨みつけるでもなく、好奇の目にたじろうことなく、立っている。

その人体模型の異様さの中に詩人は何を見たのか。人体模型の耳や鼻から噴きだした悲哀に重なり合ったイメージは、

ほかでもない、わたしたち現代人そのものだったのだ。


Posted on 2012/10/31 Wed. 20:32 [edit]

category: 村野四郎

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31

「サフラン摘み」吉岡実 


サフラン摘み         吉岡実


クレタの或る王宮の壁に

「サフラン摘み」と

呼ばれる華麗な壁画があるそうだ

そこでは 少年が四つんばいになって

サフランを摘んでいる

岩の間には碧い波がうずまき模様をくりかえす日々

だがわれわれにはうしろ姿しか見えない

少年の額に もしも太陽が差したら

星形の塩が浮かんでくる

割れた少年の尻が夕暮れの岬で

突き出されるとき

われわれは 一茎のサフランの花の香液のしたたりを認める

波が来る 白い三角波

次に斬首された

美しい猿の首が飾られるであろう

目をとじた少年の闇深く入りこんだ

石英のような顔の上に

春の果実と魚で構成された

アンチンボルドの肖像画のように

腐敗してゆく すべては

表面から

処女の肌もあらがいがたき夜の

エーゲ海の下の信仰と呪詛に

なめられた猿のトルソ

そよぐ死せる青い毛

ぬれた少年の肩が支えるものは

乳母の太股であるのか

猿のかくされた陰茎であるのか

大鏡のなかにそれはうつる

表意文字のように

夕焼けは遠い円柱から染めてくる

消える波

褐色の巻貝の内部をめぐりめぐり

『歌』はうまれる

サフランの花の淡い紫

招く者があるとしたら

少年は岩棚をかけおりて

数ある仮死のなかから溺死の姿を藉りる

われわれは今しばらく 語らず

語るべからず

泳ぐ猿の迷信を-----

天蓋を波が越える日までは


--------



唯々、すごいというしかない。

こんなすごい詩に後付けするコメントなんて書けるはずもない。

豊穣なイメージの湧出、血しぶきのようにほとばしるエロティシズム。

こんな詩が書けるのは吉岡実しかいない。

彼は20世紀最高のポエムアーティストだ。





Posted on 2012/10/31 Wed. 19:10 [edit]

category: 吉岡実

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31

「雲」谷川俊太郎 


雲       谷川俊太郎


今朝は雲が大層美しかった

心をもたずしかしさながらひとつの心に照らされているかのように

自らを輝くにまかせたまま

それらはひとときの慰めのように流れていった・・・・


私の信じ私の愛することの出来る

さまざまなものがある

それらが私を生かし続け

それらが私に心を与える


はかなさのままに

ひとの心は計り難い

あまりに遠く或いはあまりに近く・・・・


だが樹が生き ひとが生きる

たしかな時と所をもち続けながら----

今朝私は心に宛てぬ手紙を書く


1331.jpg

閉じられた便箋の中身は、朝の爽やかな風にのって、

心の知らない湖のはるか向こう岸まで飛んでゆく




Posted on 2012/10/31 Wed. 16:04 [edit]

category: 谷川俊太郎

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31

美しい花 

003.jpg

美しい花 赤い花

枯れかけているけど わたしの夏を彩ってくれた愛しい花

今日も平和だ

お向かいの畑では おばちゃんが手入れをしている

とても楽しそうだ 秋の心地よい日差しを浴びて

こんな平和な日がいつまでも続くことを願う

誰だってこんな和やかな日を愛している

しかし

こんな平和が嫌いなひとたちもいる

こんな平和を「ボケ」と呼ぶひとたちがいる

そんなひとたちは となりの国の平和をやっかんで

平和をひとり占めしようとして 

ここと同じように やわらかい秋の日差しが降る街角で

マイクをもって演説している

重苦しい背広を着て


Posted on 2012/10/31 Wed. 13:28 [edit]

category: 詩的つぶやき

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31

「色」谷川俊太郎 


色         谷川俊太郎


希望は複雑な色をしている

裏切られた心臓の赤

日々の灰色

くちばしの黄色

ブルースの青にまじる

褐色の皮膚

黒魔術の切なさに

錬金術の夢の金色

国々の旗のすべての色に

原始林の緑 そしてもちろん

虹のてれくさい七色


絶望は単純な色をしている

清潔な白だ


--------



その白いキャンバスに描かれてゆくものは、絶望ではないはずだ。

白いキャンバスに白い絵具では描けない。

忘れてしまった記憶の淵をたどれば、そのようにして色んな色が塗り重ねられていったことを思いだす。

そしていつかまた絶望して白いキャンバスに戻るだろう。

いままでの悲しみ、喜びがリセットされるように。

Posted on 2012/10/31 Wed. 09:03 [edit]

category: 谷川俊太郎

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31

青い池 

1770.jpg

青い池

青くは見えなかった

ちょっと残念だった



でも青い池

なぜなら

ガイドにそう書いてあった



-- 続きを読む --

Posted on 2012/10/31 Wed. 07:51 [edit]

category: 詩的つぶやき

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31

積丹岬 

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積丹岬

青い海

晴れた空

涼しい風

遊んでいる子供

一緒に遊ぶ父親

それを見守るおばあちゃん

恋仲の男と女



わたしはひとり

しかも自転車



-- 続きを読む --

Posted on 2012/10/31 Wed. 07:31 [edit]

category: 詩的つぶやき

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31

知床で熊に会った 

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知床で熊に会った

そいつは熊笹のなかで、何をしているとも知れず、庭先を彷徨する猫のようにうろついていた。

道路脇では人がたむろして騒いでいる。

「わたしが先に見つけたのよー」なんて叫んでいる女の子もいた。

皆シャッターをきっていた。わたしもこの瞬間を逃すまいとシャッターをきった。

怖さはなかった。

自動車、オートバイの旅人に紛れて、自転車はわたしだけだった。

もし、

熊が突然振り返って襲ってきたら間違いなく、逃げ遅れて餌食になるのはわたしだ。

それなのに何の恐怖も感じなかった。

地元のトラックが、邪魔だ!とばかりにクラクションを鳴らして過ぎていった。


それからわたしはまた坂を登っていった。峠を目指して。

登り坂時速8kmのノロノロ走行。当然だ、自転車なのだから。

登っていると美しい鳥の鳴声が聞こえた。白樺の羽が風にゆられる音も。

そしてある時、

林のなかで何かが動く音が聞こえた。それが何かは分からない。

何かが木をたたく音も聞こえた。

わたしの頭のなかである恐怖のイメージが生まれた。


さきほどカメラにおさめたあの動物。

猫のように無頓着に、バカ騒ぎする人間どもを尻目に、ただ彷徨していたあのデクノボウが、

いまわたしのイメージのなかで、笹のなかで息をひそめて、時速8kmでしか走れない絶好の獲物を狙っている恐ろしい怪物に変わっていた。

油汗をかきながら、それでもわたしは登るしかなかった、時速8kmで。


その怪物がすぐそばにいて、皆と一緒にバカ騒ぎしていた時は、そいつはただのデクノボウだった。

でも独りになって、姿を隠したそのデクノボウは、わたしのイメージのなかで恐ろしい怪物に変身したのだ。


恐怖とはこのようなものだ。


恐怖はイメージのなかで巨大化してゆく、恐怖は独りのひとを繁みのなかから狙っている、

でも恐怖は、あなたの寂しい部屋の暗がりにはいない。

恐怖は、明るい日差しがふりそそぐ街角の、爽やかな風が草草をゆらす峠道の、あなたが忘れていた影のなかに潜んでいる。







Posted on 2012/10/30 Tue. 22:44 [edit]

category: 詩的つぶやき

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30

何も変わらなかった 


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昨年、南の端(佐多岬)に行ったけど、何も変わらなかった。

だから今年は北の端(宗谷岬)に行った。

けど、やっぱり変わらなかった。

時間も場所も、人を変えうるほどの鮮烈なイメージを与えてくれない。

それが恣意的な行為の成果ならなおさらだ。

それでも変化はやってくる、突然に!ではなくジワジワと

強い雨の日に、瓦のヒビの隙間から落ちた雨滴が天井に溜まって、やがて

あなたの足元へと落ちてくるように





Posted on 2012/10/30 Tue. 20:05 [edit]

category: 詩的つぶやき

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30

「秋の日の午後三時」黒田三郎 

  
秋の日の午後三時        黒田三郎


不忍池のほとりのベンチに座って
僕はこっそりポケットウィスキイの蓋をあける
晴衣を着た小さなユリは
白い砂の上を真直ぐに駆け出してゆき
円を画いて帰ってくる

遠くであしかが頓狂な声で鳴く
「クワックワックワッ」
小さなユリが真似ながら帰ってくる
秋の日の午後三時
向岸のアヒルの群れた辺りにまばらな人影

遠くの方で微かに自動車の警笛の音
すべては遠い
遠い遠い世界のように
白い砂の上に並んだふたつの影を僕は見る
勤めを怠けた父親とその小さな娘の影を


---------



秋の日の午後三時、仕事を怠けてウィスキイを飲む父親と、無邪気に遊ぶ小さな娘、そして入院中の妻。

未来の不安を暗示するものはこの公園にはない、ただ平和な日常が秋のやわらかい日差しに照らされている。

 すべては遠い
 遠い遠い世界のように

父親がふと見たふたつの影は、その遠い平和な世界から抜け出してきた、現実の残酷な暗示だったのかもしれない。


「入院中の妻」と書いたのは、黒田三郎の詩で入院中の妻を見舞う詩があったので、恐らくそうだろうと思って書きました。

この詩が収められている詩集「小さなユリ」が読みたくて、当時すでに絶版となっていたので古本屋のサイトなどを巡って探したのですが見つかりませんでした。

いまでも読みたいなあと思っています。

Posted on 2012/10/30 Tue. 18:48 [edit]

category: 黒田三郎

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30

焼酎を飲みながら ぱ~とつう 

「ひとりごと」っていうカテゴリーの中で勝手なことを言うのは、

ある人に言わせれば卑怯なのかもしれない。

「ひとりごとなんだから文句を言われる筋合いはない」

って、予め防衛線を張っているのだから。

でも、実際にひとりごとなんだからしょうがない。

谷川俊太郎の「夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった」という詩がある。

谷川俊太郎がなかば即興で書いた、タイトル通り夜中に台所で‘ひとりごと‘を言っているような詩だ。

わたしはこの詩がすごく好きだ。実家に置いてあるので書き写せないのが残念だ。

ひとりごとには韻律にも行分けにも縛られない自由さがある。

だからツイッターが賑わうのかもしれない。

でもわたしはツイッターはあまり好きじゃない。

あの「上手いこというね~」みたいな雰囲気があまり好きじゃない。

でもそれは上手いこと言えないわたしの言い訳ですが。

でも、

作られた‘上手い話し‘より

誰かのナチュラルな本音の方が面白いと思う。


----諸君

  魂のはなしをしましょう

  魂のはなしを!

  なんという長い間

  ぼくらは 魂のはなしをしなかったんだろう----

                吉野弘 「burst 花ひらく」より




Posted on 2012/10/29 Mon. 23:22 [edit]

category: ひとりごと

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29

焼酎を飲みながら 


今夜も焼酎飲んでます

今までは酒を飲むときは大抵録画したTV番組を観たり、GYAOの映画を観たりしてたのですが、今夜は他の人の詩のブログを見たりしながら飲んでました。

そして、いま書きながら飲んでます。

こっちの方がいいですね、静かで、しんみりしてて、つまんない映像観てるよりよっぽどいいです。

ネット関連の仕事をしているので、パソコンの前に座る時間は恐らく、他の人よりは多いと思います。

そんな生活の中で、いつしかネット依存症になっていると思います。

たまに実家に帰っても、ネットを解約した古巣は、なんだかつまんない。だから、用事が終わったらすぐに帰る。このボロ借家に。

ほとんど読む人もないブログの記事を書いていると、星の王子様みたいに、誰も住んでいない小さな惑星でひとり言を言ってるみたいで、ちょっと楽しい。

前のブログでは政治、社会ネタを書いていたので、そこそこ読者があったのですが、それだけに、何か期待感みたいなのが重苦しくて、だからしばらく放っておくことにした(笑)

今は、こっちの方が楽しい。

自分が楽しければそれが一番だ、自分が楽しければ、たぶん、そんな人が世界の大多数を占めるようになれば、世界も楽しくなるでしょう。

わたしはデモを否定しない、シュプレヒコールを否定しない、むしろ、ろくに参加したことがない自分を恥じる時もある。

しかし、それが押しつけられた「使命感」であるならば(人からではない、自分から)、それは間違っている。

それが「衝動」であるならば、それがあなたを孤立させうるものであればあるほど、正しい。

ような気がする。


 理性は誤るとしても感情はどうか

 泉のように噴き出て尽きることのない感情は

 たとえそれが人を破滅に導こうとも

 正しい

    谷川俊太郎 「嵐のあと」より


Posted on 2012/10/29 Mon. 22:47 [edit]

category: ひとりごと

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29

「わたしが一番きれいだったとき」茨木のり子 


わたしが一番きれいだったとき       茨木のり子


わたしが一番きれいだったとき
街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達が沢山死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差だけを残し皆発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように
              ね


---------



戦中戦後を生きた女性たちは、このようなくやしさ、悲しさを噛みしめがら生きてきたのですね。

あの戦争は人々の命だけではなく、美しく生きようとする女性の夢まで奪っていった。

そんな戦争を賛美している人間が「美しい日本」なんて本を出しているから笑ってしまう。冗談じゃねえよ。


癇癪をおこしている女の子の無邪気さが漂う詩でありながら、長生きしてでも美しく生きてやる、という女の執念で締められる最後は、なんともいじらしい。

愛すべき詩人ですね、茨木のり子。


Posted on 2012/10/29 Mon. 15:47 [edit]

category: 茨木のり子

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29

「かなしみ」谷川俊太郎 


かなしみ     谷川俊太郎


あの青い空の波の音が聞こえるあたりに

何かとんでもないおとし物を

僕はしてきてしまったらしい


透明な過去の駅で

遺失物係の前に立ったら

僕は余計に悲しくなってしまった



257.jpg


Posted on 2012/10/29 Mon. 14:06 [edit]

category: 谷川俊太郎

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29

心が潤っていれば 


心が潤っていれば

傷ついても

その傷口が芽をふいて

花を咲かせることがある

そのイメージは

もう誰も傷つけることはできない

あなたでさえも



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Posted on 2012/10/29 Mon. 11:46 [edit]

category: 詩的つぶやき

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29

私が何を思っても・・・ 谷川俊太郎 


私が何を思っても

それはいつも

かすかに罪に通じている

         谷川俊太郎


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Posted on 2012/10/29 Mon. 10:29 [edit]

category: 谷川俊太郎

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29

「朝の鏡」北村太郎 


朝の鏡     北村太郎


朝の水が一滴、ほそい剃刀の
刃のうえに光って、落ちる---それが
一生というものか。不思議だ。
なぜ、ぼくは生きていられるのか。曇り日の
海を一日中、見つめているような
眼をして、人生の半ばを過ぎた。

「一個の死体となること、それは
常に生けるイマージュであるべきだ。
ひどい死にざまを勘定に入れて、
迫りくる時を待ちかまえていること」
かつて、それがぼくの慰めであった。
おお、なんとウェハースを嚙むような

考え!おごりと空しさ!ぼくの
小帝国はほろびた。だが、だれも
ぼくを罰しはしなかった。まったくぼくが
まちがっていたのに。アフリカの
すさまじい景色が、強い光のなかに
白々と、ひろがっていた。そして

まだ、同じながめを窓に見る。(おはよう
女よ、くちなしの匂いよ)積極的な人生観も
シガーの灰のように無力だ。おはよう
臨終の悪臭よ、よく働く陽気な男たちよ。
ぼくは歯をみがき、ていねいに石鹸で
手を洗い、鏡をのぞきこむ。

朝の水が一滴、ほそい剃刀の
刃のうえに光って、落ちる---それが
一生というものか。残酷だ。
なぜ、ぼくは生きていられるのか。嵐の
海を一日中、見つめているような
眼をして、人生の半ばを過ぎた。


----------



わたしのど下手な詩評を書こうと思いましたが、思い浮かばないので、また後ほど追記します。


Posted on 2012/10/29 Mon. 08:27 [edit]

category: 北村太郎

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29

焼酎を飲みながら ぱ~とすり~ 

わたしは、わたしのブログの読者を軽蔑している、そして愛している。

なぜなら、わたし自身が、軽蔑されるべき人間であり、愛される資格をもつ人間でもあるからだ。

 あなたが美しい言葉に復讐されても そいつは ぼくとは無関係だ --- 田村隆一 ---

酔っぱらったからこんなことを書くのではない(酔っぱらってなければこんな記事は書かない)

別に世の中に嫌気がさしているわけでもない(それは微妙です)

ただこのフレーズを記したくて、こんなウザイ記事を書いているのです。

 偽善の読者よ!俺の仲間よ!兄弟よ! Hypocrite lecteur, - mon semblable, - mon frere! --- シャルル・ボードレール ---

こんな記事を書いた翌朝は、必ず後悔して、削除したくなるのですが、たぶん、そのまま放っておくでしょう。

なぜならば、

もとより読者なんていないからです。いたらごめんなさい。

À bientôt!

Posted on 2012/10/28 Sun. 23:54 [edit]

category: ひとりごと

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28

焼酎を飲みながら ぱ~とつう 

今日の昼中、3本残っていたタバコを、水に濡らして再起不能にしてから捨てた。

昨日の昼までは新しい箱を買わずにいようと思ったが、

さっき、そう近くもないコンビニにチャリンコで買いに行ってしまった。お土産にLチキまで買って。

わたしは意志の弱い人間だ、煩悩に流される人間だ、危機に直面しないと危機を感じられない人間だ、

でもそれ故に、わたしは人間だ

 群れつつも孤独を知る人間だ  --- 谷川俊太郎 ---

孤独なひとたちよ、孤独を恥じることはない。

孤独は特権なのだ、孤独を楽しむことができたなら、孤独はあなたの同居人として、ほら、あなたのそばで晩酌のお供をしてる。

日々の慌ただしい仕事に振り回されて、自分の心に舞い落ちた詩の種子さえ踏みつけてしまって、そんな可哀想な人たちには、あなたの孤独はひときわ輝いてみえるでしょう。

そう

 われらひとしなみ蒼ざめてふるえるもの  --- 田村隆一 ---

なんです。



Posted on 2012/10/28 Sun. 23:25 [edit]

category: ひとりごと

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28

焼酎を飲みながら 

いま焼酎を飲みながら、庭先で鳴く虫の声を聴いています。

これが都会なら、ブーブー、ピーーー、パラパラ、なんて機械的な音のBGMに変わってしまうのでしょう。

事実、わたしの実家ではそうでした。わたしの実家は国道脇にあったので、トラックが通ると家が揺れるほどでした。TVの音が聴こえないときもありました。

寝床に入ったあとも、車の音や暴走族の騒音などを聴きながら睡眠を待っていました。

だから、生まれた頃からそういう環境で育ったので、多少の騒音はあまり気にならない。それはいいことなんだ、たぶん。

でも、いまの住居は田舎なので、まれにしか車は通らない。だから、鈴虫やクツワ虫の演奏が、騒音に邪魔されずに聴けるのだ。

幸運ですよね。こんな環境は。

気持ちのいい夜だ、今夜も。

Posted on 2012/10/28 Sun. 22:28 [edit]

category: ひとりごと

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28

「家族」谷川俊太郎 日曜日の朝に読みたくなった詩 


家族      谷川俊太郎


 お姉さん

 誰が来るの 屋根裏に


私達が来ています


 お姉さん

 何が実るの 階段に


私達が実つています 弟よ

私とおまえとお父さんお母さん

外は旱天で

私達は働いています


 誰が食べるのよ

 テーブルの上のパンを


私達が食べるのよ

爪でむしつて


 では

 誰が飲むの

 姉さんの血を


それはおまえの知らない人

背が高く いい声の・・・


 お姉さんお姉さん

 納屋の中で何したの


おまじない

私達みんなの死なないように

私とあのひとはおまじないをした


 それから


それから

私の乳房は張るでしょう

もう一人の私達のために


 それは誰


それは私 それはおまえ

それはお父さんお母さん


 それから誰が来るの

 夜 お祈りする時に


誰も


 風見の鶏の上には


誰も


 街道の砂埃のむこうには


誰も


 夕暮 井戸のそばには


私達みんながいます


--------



なにかミレーの絵を思い出させる牧歌的な詩です。

平穏な家族の幸せをひとりの女性が守っている。それは母親であったり、姉であったり。

家族の平和には、強い女性が必要なのでしょうか。

でも不埒な私は、この詩に描かれる強い女性に、神聖なエロティシズムを感じてしまいました。

ああ、今日は日曜日だ。


Posted on 2012/10/28 Sun. 09:15 [edit]

category: 谷川俊太郎

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28

六十二のソネットより「62」谷川俊太郎 

62   --- 六十二のソネット ---より    谷川俊太郎


世界が私を愛してくれるので

(むごい仕方でまた時に

やさしい仕方で)

私はいつまでも孤りでいられる


私に始めてひとりのひとが与えられた時にも

私はただ世界の物音ばかりを聴いていた

私には単純な悲しみと喜びだけが明らかだ

私はいつも世界のものだから


空に樹にひとに

私は自らを投げかける

やがて世界の豊かさそのものとなるために


・・・私はひとを呼ぶ

すると世界がふり向く

そして私がいなくなる


---------



 ・・・私はひとを呼ぶ

 すると世界がふり向く

 そして私がいなくなる

この最後のフレーズが好きで、ずっと心に残ってました。

詩が好きなひとにならわかってもらえるだろう、過ぎし日に何気に読んだ詩のフレーズが、いつまでもいつまでも心の中にとどまって、時折吹く風のなかに身をゆだねる時、そのフレーズが抒情となって心に呼びかけるのを。

あの頃に、ほんのひと時でも、帰ってみないかと。

Posted on 2012/10/27 Sat. 23:37 [edit]

category: 谷川俊太郎

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27

「窓」谷川俊太郎 


窓      谷川俊太郎
 R.M.Rに

窓は誰かのみはつた眼ではない

窓は空のための額縁ではない

女は窓を開く

それにはいつも訳があるのだ

土の匂う朝の空気を入れるため

男のきらう焼魚の煙を出すため

仕事に出かける彼に接吻を投げるため

大声で豆腐屋さんを呼び止めるため

彼女は窓の中から夕焼けを見ない

夕焼けを見るなら窓からのり出す

そうしなければ夕焼けの大きさはわからない

夕焼けの味や香りや音を楽しめない

女が窓を閉じる時

それにはいつも訳がある

彼女にうそ泣きをさせる砂埃を入れぬため

お金の無い時に街のざわめきを聞かぬため

楽しい食卓から意地悪な夜を閉め出すため

星々の誘惑に男の眼が盲目になるのを防ぐため

女はしつかりと掛金をおろし

手製の刺繍のあるカーテンをひく

そうして部屋を二人だけのものにする

毎日毎日女は手まめに窓をあけたてする

桟には埃ひとつない だがそれは

女が窓を愛しているからではない

窓のむこうの太陽を 窓の中の男を 窓の内と外との世界を愛して

女はいつも窓を超えている

彼女はまどにもたれない

そのむつちりした指で素早く窓をあけたてする

すると雀たちがまるで自由に

彼女の窓を出たり入ったりするのだ



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窓は壁という平面に張り付いて、公の世界と個の部屋とを隔て、時に解放する。

窓の内で個となる時、世界は無関心な音と光になり、窓から身を投げだす時、世界は新参者を見る厳しくも優しい眼差しで個を包みこんでくれる。

個の空想はいつしか窓を超えて、あの遠い山の向こうの空へと飛んでゆく。






Posted on 2012/10/27 Sat. 13:45 [edit]

category: 谷川俊太郎

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27

「自由 Liberté」ポール・エリュアール Paul Eluard 

     
自由       ポール・エリュアール   安藤元雄訳


学校のノートの上
勉強机や木立の上
砂の上 雪の上に
君の名を書く

読んだページの上
まだ白いページ全部の上に
石 血 紙 または灰に
君の名を書く

金色の挿絵の上
兵士たちの武器の上
国王たちの冠の上に
君の名を書く

ジャングルと砂漠の上
巣の上 エニシダの上
子供のころのこだまの上に
君の名を書く

夜ごとに訪れる不思議の上
日ごとの白いパンの上
結び合わされた季節の上に
君の名を書く

切れ切れの青空すべての上
池のかび臭い太陽の上
湖のきらめく月の上に
君の名を書く

畑の上 地平線の上
鳥たちの翼の上
影を落とす風車の上に
君の名を書く

曙のそよぎの一つ一つの上
海の上 船の上
途方もない山の上に
君の名を書く

泡と立つ雲の上
嵐ににじむ汗の上
つまらないどしゃぶりの雨の上に
君の名を書く

きらきら光る形の上
色彩の鐘の響きの上
自然界の真理の上に
君の名を書く

目をさました小径の上
伸びひろがった街道の上
あふれ出る広場の上に
君の名を書く

いまともるランプの上
いま消えるランプの上
一つに集まった僕の家の上に
君の名を書く

二つに切られたくだもののような
鏡と 僕の部屋との上
からっぽの貝殻 僕のベットの上に
君の名を書く

くいしんぼうでおとなしい 僕の犬の上
ぴんと立ったその耳の上
不器用なその前足の上に
君の名を書く

僕の戸口の踏み板の上
いつも見慣れた品物の上
祝福された火の波の上に
君の名を書く

許し与えられた肉体全部の上
僕の友人たちの額の上
さしのべられる一つ一つの手の上に
君の名を書く

思いがけないものの映る窓ガラスの上
じっと黙っているときでさえ
心のこもる唇の上に
君の名を書く

取り壊された僕の隠れ家の上
崩れ落ちた僕の烽火台の上
僕の退屈の壁の上に
君の名を書く

望んでもいない不在の上
むきだしになった孤独の上
死神の歩みの上に
君の名を書く

立ち戻った健康の上
消え失せた危険の上
思い出のない希望の上に
君の名を書く

一つの言葉の力によって
僕の人生は再び始まる
僕の生まれたのは 君と知り合うため
君を名ざすためだった

自由 と。




Liberté    Paul eluard


Sur mes cahiers d'écolier
Sur mes pupitre et les arbres
Sur le sable sur la neige
J'écris ton nom

Sur toutes les pages lues
Sur toutes les pages blanches
Pierre sang papier ou cendre
J'écris ton nom

Sur les images dorées
Sur les armes des guerriers
Sur la couronne des rois
J'écris ton nom

Sur la jungle et le désert
Sur les nids sur les genêts
Sur l'écho de mon enfance
J'écris ton nom

Sur les merveilles des nuits
Sur le pain blanc des journées
Sur les saisons fiancées
J'écris ton nom

Sur tous mes chiffons d'azur
Sur l'étang soleil moisi
Sur le Lac lune vivante
J'écris ton nom

Sur les champs sur l'horizon
Sur les ailes des oiseaux
Et sur le moulin des ombres
J'écris ton nom

Sur chaque bouffée d'aurore
Sur la mer sur les bateaux
Sur la montagne démente
J'écris ton nom

Sur la mousse des nuages
Sur les sueurs de l'orage
Sur la pluie épaisse et fade
J'écris ton nom

Sur les formes scintillantes
Sur les cloches des couleurs
Sur la vérité physique
J'écris ton nom

Sur les sentiers éveillés
Sur les routes déployées
Sur les places qui débordent
J'écris ton nom

Sur la lampe qui s'allume
Sur la lampe qui s'éteint
Sur mes maisons réunies
J'écris ton nom

Sur le fruit coupé en deux
Du mirroir et de ma chambre
Sur mon lit conquille vide
J'écris ton nom

Sur mon chien gourmand et tendre
Sur ses oreilles dressées
Sur sa patte maladroite
J'écris ton nom

Sur le tremplin de ma porte
Sur les objets familiers
Sur le flot du feu béni
J'écris ton nom

Sur toute chair accordée
Sur le front de mes amis
Sur chaque main qhi se tend
J'écris ton nom

Sur la vitre des surprises
Sur les lèvres attentives
Bien au-dessus du silence
J'écris ton nom

Sur mes refuges détruits
Sur mes phares ecroulés
Sur les murs de mon ennui
J'écris ton nom

Sur l'absence sans désir
Sur la solitude nue
Sur les marches de la mort
J'écris ton nom

Sur la santé revenue
Sur le risque disparu
Sur l'espoir sans souvenir
J'écris ton nom

Et par le pouvoir d'un mot
Je recommence ma vie
Je suis né pour te connaître
Pour te nommer

Liberté


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ヒトラー政権下のフランスでレジスタンス活動をしていたポール・エリュアールの決意の詩。

何ものにも拘束されない、何ものにも制約されない、何ものにも誘導されない、心のままに人は、あらゆるものに自由を刻み、あらゆる場所であらゆる人と自由に踊り歌うことができる。

それは、シュール・レアリスムの思想そのものでもある。


わたしは昔、フランス語をちょっとばかりかじったことがあるので、意味は分からなくとも、声に出して読むことはできる(たどたどしいながらも)。

シュール・レアリストの詩は原語で読むと、その言葉の旋律がとても美しい。

フランス語を習っててほんとに良かった、と思えるひと時です。



Posted on 2012/10/26 Fri. 18:06 [edit]

category: ポール・エリュアール

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26

「紙飛行機」--世間知ラズ--より 谷川俊太郎 


紙飛行機     「世間知ラズ」より    谷川俊太郎


たとえ満足のいくものでなくてもいくつかの言葉が

何もない所から化合物のように形を成してくるとぼくは落ち着く

今更こんなこと言ったって仕方がないと思うこともあるし

とんでもない間違いを言ってるんじゃないかと思うこともあるが


誰かが今ぼくのいる建物の二八階あたりの窓から紙飛行機を飛ばした

それはほとんどただの紙っきれのように風にもてあそばれ

通りの向こうの警察署の駐車場に落ちていったが

時には威厳を見せて水平飛行もしてみせた


紙飛行機が宙に浮いていた数十秒の間ぼくの心を満たしたもの

それをぼくは詩と呼ぶ

苦しみに促されながら苦しみと無縁なもの

経験から生まれながら経験になり得ないもの

喜びに似ながら喜びよりも平静なもの


だがそれが夫婦喧嘩の悪口雑言よりも上等だという保証はないのだ

詩は何ひとつ約束しないから

それはただ垣間見せるだけだから

世界とぼくらとのあり得ない和解の幻を


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一瞬を捕えるものが詩ならば、その一瞬一瞬がつながった日常が世界だろうか。

紙飛行機が落ちた瞬間に終わる詩もあれば、そこから始まってゆく詩もある。

しかし日常からはじかれた、いやむしろ日常から飛び去った詩は二度と戻ってくることはなく、詩としていつまでもとどまってもくれない。

 詩は何ひとつ約束しないから

そう詩は何ひとつ約束しないから、それ故に、詩は永遠に死ぬこともない。

そんな詩が言葉となって紙面につらなった時、読者はそこに ありえない和解の幻を 見るのかもしれない。



Posted on 2012/10/26 Fri. 14:58 [edit]

category: 谷川俊太郎

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26

「詩をよむ若き人々のために」 詩論「路上の鳩」より 田村隆一 

路上の鳩   田村隆一

C・D・ルイースの『詩を読む若き人々のために』(深瀬基寛氏訳)の中で、一篇の詩はどうしてできるか---このプロセスを三つの順序に従って次のように述べています。

(1)一ぺんの種子あるいは芽生えというべきものが詩人の想像力をつよく打ちます。それはなにか非常につよい、しかし漠然とした感情、ある特定の経験、あるいはひとつの観念のかたちであらわれてくるでしょう。

時としてはそれはまず最初にひとつのイメージとしてあらわれてくるばあいもある。またさらに進んでおそらくもうすでにことばの衣をまとった詩句のかたちで、

あるいはまる一行の韻文のかたちであらわれてくることさえあります。詩人はその観念なりイメージなりを彼のノート・ブックにかきとめます。

あるいは頭のなかへちょっとたたき込んでおきます。それから詩人はおそらくそんなことはもうけろりと忘れてしまいます。

(2)しかしその詩の種子は詩人の体内へ、いわゆる「無自覚的意識」とよばれる、彼の部分のなかへ忍びこみます。そこでその種子がだんだん成長して、そろそろかたちをととのえはじめます。

このようにしてついに一ぺんの詩がまさに誕生するまぎわの瞬間がやってきます。一ぺんの詩が生まれるためには、この第二のだん取りは数日におよぶこともあり、数年にわたることもあります。

(3)詩人はひとつの詩をかきたいというはげしい欲望を感じます。その欲望はたんに欲望というよりはまるで肉体にまでしみとおるような実感であるばあいがよくあります。

その時がまさに詩が誕生しようとする途端なのです。詩人は息をこらして坐りこんでいます----あるいは一時間五マイルの速度で田舎を跋渉していてもかまわない。

あるいはバスで旅行していてもかまわない----、なんでもいい詩人はその詩のなかをのぞいてみて、数週間も数カ月もまえに最初あたまに浮かんだあの種子----そののちけろりと忘れてしまっていたあの種子をそこに認めます。

しかしその種子はいつのまにか見事に成長し、発展しているのです。(「Ⅳ 一ぺんの詩はどうしてできるか」より)


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田村隆一はこのプロセスの累積を詩人における感情の歴史とよんでいます。

そしてこう書いています。

--- 詩人が自己の感情の歴史のなかに生きているかぎり、彼は思ってもみないことや感じてもみないことをいかにも 意味ありげに、そしていかにも実直そうに書いたり歌ったりすることはありえないことなのです。---

わたしの感情の歴史はこのファイルの中にあります。あまりにも恥ずかしすぎて表には出せませんが(笑)

002.jpg

みなさんは感情の歴史を持っていますか?




Posted on 2012/10/26 Fri. 00:52 [edit]

category: 田村隆一

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26

「詩がきみを」石原吉郎の霊に 鮎川信夫  

詩がきみを         鮎川信夫
    石原吉郎の霊に

あのとき

きみのいう断念の意味を

うかつにも

ぼくはとりちがえていた

生きるのを断念するのは

たやすいことだときみが言ったとき

ぼくはぼんやりしていた

断念とは

馬と蹄鉄の関係だ

と教えられても

レトリックがうまいなと思っただけで

蹄鉄が馬を終わるとは

どういうことか

ついに深く考えずじまいであった

酒杯をかたむける

そのかたむけかたにも

罪びとのやさしさがあって

それがきみの作法だった

ぼくはうっとりと

自然にたいして有罪でない人間はいない

というきみの議論にききほれたものだ

きみにとって詩は

残された唯一の道だった

いつかみずからも

美しい風景になりたいという

ひたすらなねがいで

許されるかぎりどこまでも

追いもとめなければならない

断念の最後の対象だった

そしてきみが

詩を終わったと感じたのは

やわらかい手のひらで

光のつぶをひろうように

北條や足利の美しい光景をすくってみせたときだろう

ぞっとするような詩を書き終えることで

断念の意味は果たされたのだ

苦しんでまで詩を書こうとは思わない

きみにとって

もはや暁紅をかいまみるまでもなかった

死はやすらかな眠りであったろう

ぼくはきみに倣って

「きみが詩を」ではなく

詩がきみを

こんなにも早く終えたことを悲しむ


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最後のフレーズ

 「きみが詩を」ではなく

 詩がきみを

 こんなにも早く終えたことを悲しむ

このフレーズが心に残っていたのを、想いだしておもわず書き写してしまいました。

石原吉郎の詩はいままでほとんど読んだことはなかったですが、これから読みたいと思いました。

抒情という言葉に弱い人ならば、誰だって鮎川信夫を好きになるでしょう。

わたしも抒情に引きずられて、抒情に裏切られても、抒情を捨てきれずにいままで生きてきました。

詩が人を終わらせてくれるような、そんな詩人にわたしはなりたかった。





Posted on 2012/10/25 Thu. 20:41 [edit]

category: 鮎川信夫

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